Rev. Angel Tong’s Sermon (Japanese)

2021 年 10 月 31 日

Rev. Angel Tong

自分の務めを十分に果たしなさい

第2テモテへの手紙4:1-5

 導入

テモテは、ユダヤ人の母ユニケと異邦人の父親(名前は不明)の息子です。彼は、パウロの同労者、供の者と説明されており、パウロ本人は、テモテを兄弟、愛する子と呼び、様々なミッションにテモテを送っています。2通の手紙がテモテに送られた時、テモテはまだ若者と想像されていましたが、彼は、クリスチャン宣教者の模範となる原型の人でした。パウロは、テモテに困難にあっても福音のために忠実にあり続けなさいと語っています。ほとんどの学者は、この手紙はパウロの別れの言葉、遺言書として書かれたものではないかと見ています。なぜならパウロは死を目前にして、テモテにすぐに自分の所に来るように願い、使徒の働きのバトンをテモテに手渡そうとしているからです。

  1. 神の御前でなされるテモテへのパウロの命令

1節でパウロは神の御前でテモテに命じて言っています。「神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現われとその御国を思って、私はおごそかに命じます。」この命令の理由は、偽教師の教えを聞く人々に問題の焦点をあてており、偽教師たち自身を理由としているのではありません。パウロは、真理の偏狭の時であることを認識しています。

最後の日々と呼ばれる時には、困難な時が来て、人々は真理から耳を背け、正統な教えを聞くよりも彼らの聞きたいことを聞くようになると言っています。(3-4節)この文体は、命令の文体で、パウロは、テモテに難しい状況の中でもコースに留まりなさいと強く命じています。言い換えれば、テモテに務めを果たしなさいというこの命令はパウロからのものですが、父なる神と子なる神イエスの権威に根づいているものです。

確かにパウロの言った「自分の務めを十分に果たしなさい」という命令は、テモテだけではなく、クリスチャンで宣教の働きを行うことを求めている人にも適用されます。

  1. み言葉を宣べ伝える

自分の働きを果たすためには、まず「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。」(2節)とパウロは言っています。

この言葉は、福音の「良き知らせ」を広く宣べ伝えるという意味が含まれています。パウロにとって「福音」とは、伝道的な表現のみではなく、不信者やすべての信者に適用することができる中核のメッセージです。それゆえ、その言葉に疑問はありません。それは、書かれた神のみ言葉です。私たちはいつも神のみ言葉を宣べ伝える者となるのです。

「時が良くても悪くても準備していなさい。」(注:英語からの訳)準備していなさいという言葉は、「緊急に」とか「瞬時に」とも訳せます。

責める この言葉は、「説得する」とも訳せます。テモテが偽教師たちとどのように対面したとしても、彼は問題が離れていくことを願って彼らを無視することはできません。彼は、義教師たちを説得し、変えなければなりません。

戒める 人は、不適切に戒めることがありますが、イエスは、彼の信者に罪を犯している兄弟姉妹を戒め、メンバーの間の罪に対面するよう求めています。偽教師たちが長老である場合は、パウロはテモテに警告と柔和な修正を通して行うように言っています。

勧める この言葉の元々の意味は、「励ます」または「慰めをもたらす」です。励ましのない戒めは、致命的です。神が私たちに忍耐強くあられるように、他人に忍耐強くあることは、すべてのクリスチャンの働きの環境であるべきです。

  1. 命令は続く

5節は、パウロの命令の後半を占めています。パウロは、「あなたは、」または「しかしあなたは、」とテモテと道に迷ったエペソの人たちの間に比較を置いています。

テモテへ、私たちへ、彼の後継者たちへの訴えは、5節で終わります。「しかし、あなたは、どのようなばあいにも慎み、困難に耐え、伝道者として働き、自分の務めを十分に果たしなさい。」それゆえ、耳のくすぐりの可能性がある場合は、以下をしなければなりません。

  1. どのような場合にも慎む
  2. 困難に耐える
  3. 伝道者として働く

     パウロは、「伝道」と「弟子訓練」の間を特に区別しません。すべての人の職業において

    も良い知らせを分かち合うという広い感覚で適用できるのです。

従って、これはテモテの働きのことだけではなく、私たちの働きでもあります。福音を分かち合うことは、イエスが与えられた大宣教命令です。「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。…」(マタイ28:19₋20)

パウロの働きについては?

パウロは、人生の終わりに、彼の人生で真に価値のある出来事に従事したことを確認して言っています。「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。」(7節)

私たちの働きについては?

神の恵みによって、私は、2022年にバーナビーのエリアで教会の開拓を行う機会を持ちます。アジアからの移民と福音を分かち合うことが、いつも私のビジョンであり情熱でした。カナダは多文化社会ですから、ミッションは私たちの玄関先にあります。正直に言って、新しい開拓教会を築くのは、とても大変なミッションです。とくに(コロナ禍の)ニューノーマルの現在では。しかし私は、すべてのことは神と共にいることで可能であると信じています。

結論

最後に、「自分の務めを十分に果たす」ことは、すでに始まった働きを完成することです。生活とミニストリーは、神からの出動命令のもとにある旅です。その命令に従うことが務めを果たすことです。

パウロは快適で容易な道を約束したのではありません。しかしキリストは、パウロだけではなく全ての真の信者、キリストの再臨に心を置いた信者に義の栄冠を授けて下さいます。(8節)

ですから、聖霊が私たちをよい忠実な仕え人となるのを助けてくれるように祈ります。パウロの命令であるみ言葉を宣べ伝え、良くも悪くも備え、注意して、イエスが十字架を担いだように苦しみに耐えるという働きを助けてくれるよう祈ります。私たちの手の中に置かれた神の働きが果たされることを信じます。