Lent Reflection – 沈黙と孤独についてのリフレクション:

Church of All Nations

レント・リフレクション

沈黙と孤独

* ANICの資料より抜粋し加筆

沈黙と孤独についてのリフレクション:

レントは、「神への日々の依存を更新」するためのすばらしい時です。メッセージバイブルでは、ローマ人への手紙12章1節を次のように訳しています。「日常の毎日を、寝ること、食べること、仕事に行くこと、日々を歩むことを神のみ前にささげものとして置きなさい。」 小さいことも大きなことも、日常の生活をイエスの足元に置くとはどういうことでしょうか? COVID-19が起こり、多くの規制がしかれてもう一年となります。今年、不確かさや喪失、自宅に留まる生活に、おそらくこれまで以上に私たちの生活が普通と悲しみの混ざり合ったものとなるのでしょう。レントは、この日常の中でキリストへと向き直る完璧なリマインダーです。それは、霊的に柔軟であるとか断食をしていると自慢するのではなく、創造主のみ前に座り、沈黙と孤独のリズムに身を沈ませる時です。

仕事や生活、その他からの要求は、とても私たちの気を紛らわせるものだと思います。私は、しばしば携帯電話の多くの告知によって起こされます。それは、臨在や沈黙、孤独から私の注意をそらせるものです。私たちは、生活が最も他と繋がっている時代に生きていると言えます。この繋がりを断って、告知や気晴らしを脇において、主と共に真に静まることが難しいと時々感じます。

私は、デイリーオフィス(the daily office)を通じて、朝の朗読に30分を費やし、沈黙と孤独の時間を過ごすことを目指しています。その沈黙と孤独は、福音を宣べ伝え始める前に、イエスが荒野で行ったことと同じです。この30分は、祈りの時間、キリストを待つ時間、神がどなたであるかを考える時間、自身を省みる時間、キリストと会話をする時間ともなります。

沈黙と孤独は、共同体の始まりです。ボンヘッファーは、Life Togetherの中で、「一人ではいられない人には、共同体に気をつけさせよう。共同体の中にいない人には、一人でいることに注意させよう」と言っています。真に健全な人は、沈黙と孤独に一人座っていることが快適であり、また共同体の中にいることも必要としています。どちらか一つではだめなのです。両方必要です。

待つ間の沈黙は、飢えを満たし、真理をあなたの命に語る命の糧であるキリストを経験するでしょう。このレントが、主と共に沈黙と孤独の中で過ごす毎日の習慣への招きとなりますように。

レントの祈り:

恵み深い父よ、尊い御子イエス・キリストは、この世に命を与えるための真のパンとなるために、天から降られました。御子が私たちの中に住み、私たちが御子の中に住むことができるよう、永々にこの糧をお与え下さい。父と聖霊とともに一体であって世に生き支配しておられる主イエス・キリストによってお願いいたします。

レントの期間の沈黙と孤独のために:

キリスト共に時間を過ごすユニークな方法が必要な場合は、下記を参考にしてみて下さい。(英語のみ)

The Daily Office:

https://www.dailyoffice2019.com/

Lectio Divina:

https://www.anglicancommunion.org/media/253799/1-What-is-Lectio-Divina.pdf

An Online Retreat:

https://www.ignatianspirituality.com/lent/the-ignatian-workout-for-lent-an-online-retreat/

Lent with Evelyn Underhill:

https://www.amazon.ca/Lent-Evelyn-Underhill/dp/0826494242