Lent Reflection: 安息日と犠牲についてのリフレクション

Church of All Nations

レント・リフレクション

安息と犠牲

* ANICの資料より抜粋し加筆

安息日と犠牲についてのリフレクション

安息日:

ウォルター・ブルグマンは、「安息日は、休息の神を選び、神と一致する決定的で具体的な目に見える方法になる」と言っています。現代における安息日は、真剣に受けとめるには、非常に困難なものです。店は開いていますし、私たちの時間や働くための絶え間ない必要を要求します。安息日に休むことを提唱することは、キリストへ向かって動くことであり、彼に信頼を置くしるしです。キリストは、休む一日を贈り物として下さいました。そしてそれを受け取ることはとても大切だと思います。マタイ12:8でイエスは、「人の子は安息日の主です。」と言っています。真に休む方法学び、神がそれを与えて下さり、私たちが働かなくてもよいと信じることは、神への信頼の一歩です。今日の詩篇の朗読箇所、31篇14節は「しかし、主よ。私は、あなたに信頼しています。私は告白します。『あなたこそ私の神です。』」とあります。安息日の休みを取ることは、「はい、神様。あなたを信頼し、あなたからの贈り物を真剣に受け取ります」と言うことです。

レントは、安息日を実践するのによい時です。レントの季節は終了しますが、あなたにとって、安息日の休みを取ることはどんなでしょうか? 修復的な休息とは、どんなものでしょうか? ゆったりとした長い散歩のようなものでしょうか? おいしい食事をして、長い昼寝をするようなものでしょうか? 休息の方法は、人それぞれですが、それは、神に信頼を置くということであり、いただいた休息の贈り物を楽しむことです。さあ、安息日の贈り物を真剣に受け取りましょう。

犠牲:

私たちの生活で、キリストのためにスペースを作るために犠牲とする必要のあることは何でしょうか? レントの期間、多くの人が断食の霊的な修養を行います。これは、祈りと休息と沈黙で時間を使うために、何かを諦めることによって、隣人を愛し、彼らの必要を満たすことを可能にする実践的なリマインダーです。

私はヨハネの福音書12:1からの話、ベタニアで女性が高価なナルドの香油をイエスの足に塗った話にいつも励まされます。この話の中の人々は、それを無駄と呼びましたが、マリアにとっては、美しい犠牲でした。とても高価なものだったからです。この犠牲で、埋葬の前の準備のように、イエスの頭に油を注ぎました。この犠牲は、キリストのための道を備えました。イエスと座って会話をする時間と空間を作るために、また隣人を愛するために、私たちの生活で犠牲にする必要があるものとは何でしょうか? このレントは、犠牲を考え、祈りに時間を費やすのに、とても良い時です。あなた自身の人生でどこに犠牲を払ったらよいのでしょうか?

レントの祈り:

全能の神よ、あなただけが罪人の手に負えない意志と愛着を整理することができます。あなたが命じられたことを愛し、あなたが約束されることを望むことができるよう恵みをお与え下さい。この世の早く多様な変化の中で、本当の喜びが見つけられるところに私たちの心が定まりますように。父と聖霊とともに一体であって世々に生き支配しておられる主イエスキリストによってお願いいたします。アーメン